統一教会に一体何が起こっているのか? 著者は、統一教会分裂の現象を長年に亘って観察し、歴史的研究方法によって研究してきた。この本は、膨大な統一教会の一次資料に基づき、統一教会分裂の原因から過程、結果を詳細に記述し、統一教会の未来を見ている。
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6章 カリスマ伝授の失敗: 文顯進追放過程-3
2008.5.14. 創教者の言及で当時の状況が分かる。
それで、これから皆さんが知るべきことは何か。統一教会と言えば文総裁、その次に息子の中で代を継承できる息子、息子娘は皆信じられません。全て堕落しました。全て失敗しました。サタン世界と同じです。最も後に出てきたのが亨進です。30歳の時に神学大学に入ることを頼んだのです。お前だけはきれいな男として過ごせと、そうすれば私がその後代を処理することができる準備をすると言うのです。…[1]
國進の言うことがそうなのです。國進は今、米国へ行っていますが、郭錠煥が今現在、分捧王となって、体制で見ると極めて高い位置にいますが、その人(郭錠煥)を追い出さなければならないと(國進が)言うのです。郭錠煥一家を追い出そうというのです。先生が育てて来たのにです。それは誰がそのように作っておきましたか。刀を磨いて、怨讐たちを、どの誰が優れているにせよ、長老を務めた人、牧師を務めた人、長官を務めた人、そういう観点から見ています。恐ろしい人です。…[2]
その次には、先生がいるので、統一教会は郭錠煥が自分勝手にすることができません。どの息子娘も自分勝手にすることはできません。先生の許しを得なければなりません。真の父母は2人ではありません。顯進が、國進自体が真の父母になることはできません。第2次時代において真の父母は息子です。息子になるのです。真の父母が2人になることはできません。一人、永遠に一人です。そう、このみ言葉は自分たちによって生じたものは一つもありません。自分たちが必要な言葉は一つもないです。真の父母が必要なみ言葉だということを知らなければなりません。分かりですか。(はい)
いたずらに間で大きく話して、何が良くて駄目だとか、誰がこうだから駄目だとか、言うなというのです。皆さんが知りもしないのに、責任も持つことができない輩たちが何故騒ぐのでしょうか。責任は私が全て負うのです。郭会長、分かりますか。(はい)分捧王もこれから、一切自分勝手にはできません。これから、今日から経済は文総裁、父母様の名前を持って出納しなければならないということを知らせてあげるのです。ありとあらゆる仕業をしました。泥棒もし、皆しましたが、これからは天の国の憲法と共に、どの分野のお金がどうなるか、父母様がよく知って1年計画して、12支派なら12支派、6大州なら6大州にきちんと分配をしてやって、分配する時にその決定も調査したものに従ってやったら、どうですか。全てが細密に霊界の調査と共に地上の調査が合わなければなりません」[3]
この言及に現われた重要な3つの端緒は、
①創教者が文亨進のみをきれいな状態(純粋な血統)と理解しているということ、
②文顯進が自分を真の父母とみなしていると創教者が理解していたということ、
③文國進は郭錠煥を追い出す為に、露骨に創教者を説得していたという事実である。研究者の観点では、創教者の一部の言及を除いて創教者の生き方と教示の内容を総合して見ると、彼が自分を神格化してきたと断定することはできないが、統一教会の創教者、メシヤ、人類の真の父母の自覚で一生を生きてきた彼にとって、①と②の内容は決して許容できない絶対領域だったであろう。統一教会の信仰では堕落は血統を汚すことであり、霊的死を意味する[4]。ましてや真の家庭の堕落は決してあり得ない犯罪行為であるため、堕落した真の子女は創教者の後継者や代身者・相続者の資格を失う。創教者の子女の中で全ての面で能力が突出し、最も信じてきた文顯進であったために、創教者の失望と怒りはそれだけ大きかったであろう。
ところで、文顯進に過去があるということと、自分を真の父母と主張した根拠は、どこにも発見されていない。文顯進に反対する文國進や文亨進、韓鶴子側でさえ、一方的な主張のみをしただけで、根拠を提示したことはない。それまで文顯進に反対した側の態度から見ると、もし事実であれば、如何なる形式であれ世間に暴露したはずである。公式的な創教者の『み言葉集』に文顯進の血統問題を言及したのは、誰かが創教者に影響を及ぼしたからであろうと推測させる。それが誰かは2009年3月に韓鶴子が束草で語った発言を通じて確認できる[5]。2009年3月8日に韓鶴子が文顯進の血統について言及した後、2009年11月8日に文仁進から始まった文顯進批判公開講演は、2010年2月22日の金孝律の公開批判を基点に、さらに露骨で刺激的に変わっていった。彼らは文顯進を堕落したアダムとして批判した。
2008.6月:文亨進と文國進は2008年6月頃に、家庭連合宣教会を再稼動して韓鶴子を理事長に擁立した後、文顯進が主管したUCIの主要資産を帰属しようとしたものの、それが無駄に終わると、UCI自体の接収を図った[6]。
2008.6.18. 文顯進主管の南米キャトル・ドライブ(Cattle Drive) [7]
2008.6.24. 創教者が父母国連出現を宣布
2008.7.2. 文顯進、パラグアイ国際指導者会議(ILC) [8]
2008.7.2. ヤン*スが文顯進にブラジル土地問題解決を依頼する手紙を送付[9]
2008.7.5. グローバル・ピース・フェスティバル(GPF)パラグアイ大会
2008.07.10. 米国GPF大会準備委員会会議
2008.7.19. 創教者専用ヘリコプター事故
2008年7月19日午後5時、京畿道加平郡雪岳面松山里で創教者と補佐陣一行及び乗務員など16人が乗った米国シコルスキー社の最新鋭S-92型ヘリコプターが不時着し、搭乗者が脱出した後に爆発する事故が発生した。文顯進は南米パラグアイで成功裏にGPF行事を終えて、米国GPFを準備する中で事故の消息を聞いて急遽帰国した。病床の創教者は統一教会記念日の七八節行事を迎え、文顯進に創教者と家族を代表して統一教会人たちの前で文顯進の実績を報告するよう指示した。
創教者の指示で登壇した文顯進は、事故から奇蹟のように生還した父親の健康に対し天の前に先ず感謝を捧げた。自分の全ての実績は創教者が築いてこられた基盤の上に成されたことであり、創教者が絶対者・神様と約束した夢を継承して遂行したものであると語った。それまで南米と米国を中心に展開してきたILC[10]とGPF[11]の核心価値である「One Family Under God」の理想が正に創教者が生涯を捧げて成し遂げようとした夢であり、天一国実現の方法であることを説明した。そして自分は、天一国実現を確信しており、単なる信仰を超えて具体的な実践を通じて実現していくつもりであり、パラグアイをはじめとする南米での実績はこの一環だと語った。特に2008年7月2日にあったパラグアイ国際指導者会議は、特定の教理と神学を超越して普遍的価値を中心に一つになる原理を追求する組織であるという点と、統一教会の教理と神学を越えた「One Family Under God」の世界を成し遂げる為のあらゆる宗教人を統一する普遍的真理を基盤にしていると語った。
南米の行事を通じて連結された南米の政治、経済、宗教の大物との逸話を紹介する内容と、文顯進の宗教を越えるアイデンティティが余すところなく発揮されたこの日の講演は、2008年7月当時の統一教会人たちにとって世界平和統一家庭連合会長の文亨進や財団理事長の文國進の摂理的アイデンティティと大きく比較されるものであった[12]。
[1]『み言葉選集』589巻,151頁.2008.05.14.
[2]『み言葉選集』589巻,158頁.2008.05.14.
[3]『み言葉選集』589巻,184頁.2008.05.14.
[4] 「天使とエバとの血縁関係による堕落が霊的堕落であり、エバとアダムとの血縁関係による堕落が肉的堕落である」『原理講論』107頁.
[5] 韓鶴子の発言:「一生を一筋に生きてきた真の父母様の路程に13人の子女がいたが、霊界に5人の子女が逝き、長子の孝進も逝きました。こういう状況において残っている子女の責任が重要です。皆さんは本体論の講義をよく聞きましたか。お父様が最も重要に思われることが何だと聞きましたか」(絶対性です)「絶対性ですね」(はい)「それを考えると、霊界から見る観点が正しいと考えられます。それゆえ、それを中心として最後は、お父様が判断して決めて下さると見ています」『み言葉選集』609冊,138頁.2009.3.8.
[6] この頃、創教者の指示で、金起勲が朱*文と一緒にモンタナにいる文顯進に会った。ところが、その後、文顯進が創教者と競争して、自分を新しいメシヤと言っているという噂が流れた。
[7] パラグアイGPFを目前に控えて、平和と統一を祈願する第1回国際キャトルドライブ行事が開催された。UPF共同議長・文顯進を団長として世界の様々な国々から来た20人余りの若い指導者たちは、6月18日にパラグアイのプエルト・オリンポを出発し、5日間にわたって173㎞のチャコ(Chaco)地域を馬に乗って移動した。彼らは2日間、経由地のトロ・パムパで150頭の妊娠した雌牛を引き継いで、それをレダ牧場に安全に移動させる責任を遂行した。
[8] 文顯進は7月2日から5日まで、アスンシオンのExcesion Hotelでフィリピンのホセ・デ・ヴェネシア前国会議長、パラグアイ国会議員法官など、世界の指導者500人余りが参加する中で、パラグアイ国際指導者会議の開会式で演説を行った。
[9] ヤン*スが文顯進に送った手紙:「長い期間、財産管理の責任を負ってきた私として、多くの問題が発生したことを、私の不実さによるものと深く悔い改め反省しています。私たちの能力では限界を痛感しており、顯進様を通じて今日の問題を解決できると敢えて申し上げますので、ご検討下さいますようお願い致します。2008.7.2.ヤン*ス拝」 2007年7月5日、パラグアイでGlobal Peace Festival(GPF)行事を開催した当時、ブラジル指導者が法的にもつれたブラジル教会と土地問題解決の為に文顯進に助けを求め、2008年1月に文顯進は創教者の指示に従ってUCI次元で南米全体とパラグアイ問題を解決しているところであった。
[10] ILC(International Leadership Conference)は、UPFが主管する国際指導者会議である。文顯進は2007年からUPF共同議長として活動しILCを発展させてきた。創教者は2006年、カープ創立40周年行事と韓国青年連合大会(2006.10.22)が終わった直後、天正宮で文会長に平和大使の組織に対する責任を任せ、その活動を幼稚園まで広げよと指示した。そして、2007年3月17日にハワイで開催された「環太平洋摂理新出発大会」以後2013年まで、毎月ILCを開催せよと指示し、この時から文顯進はILCで創教者を代身して基調演説をしてきた。『神様の夢の実現』294頁.
[11] GPF(Global Peace Festival)は、文顯進会長が組織委員長を歴任した世界文化体育大典を通じて、2007年に大韓民国国会とソウル市庁前広場で初めて開催され、同年ヨーロッパを経てフィリピンで本格的な大会が挙行された。その後、2008年にパラグアイを皮切りに全世界約20ヵ国で開催され、2009年と2010年にわたって「One Family Under God」のビジョンを中心とした世界的な霊的平和運動(Spiritual Peace Movement)として発展してきた。『神様の夢の実現』294頁.
[12] 2008年4月18日、世界平和統一家庭連合世界会長の就任の辞で明らかにした文亨進のアイデンティティは、「統一教会」という宗派性と「真の父母崇拝」に要約することができる。その後、マスコミのインタビューと説教で「指導者らは統一教会という表札を隠す為に家庭連合や心情文化センター、真の家庭文化センターという看板を掲げて活動し、真の父母様をメシヤと堂々と表明しなかった」と言った。「祝福家庭は統一教会に対する自負心が足りず、伝道できなかった。家庭連合や真の家庭文化センターのような団体を通じて社会運動に力を注げば、私たちのアイデンティティに問題が起こるだけでなく、メシヤである真の父母様の立場が消えてしまう。それゆえ、宗教運動をしなければならない」と主張した。文國進は2011年末から「強い大韓民国、強い日本」という主題の講演をした。講演の要旨は、自由と安保を守る為には力強い軍事力で武装しなければならないということである。統一教会財団理事長の立場である彼が創教者の平和思想とは根本から異なる主張をした理由は分からないが、彼が統一教会の摂理や創教者のアイデンティティをよく理解できなかったものと見える。「私たちのご先祖たちは立派な知恵を代々、私たちに伝えてくれました。基本的に私たちが平和を願うなら、戦争に備えなければならないと常に語りました。なぜなら、現実的に人間の歴史とこの地域の歴史を見ると、平和を得た国は弱い国ではなかったからです。それが歴史の皮肉です。弱いのに平和の夢だけ見た国は、実際は戦争に巻き込まれ、結局は征服されました。平和を維持できた国は、その国が強かったからということが歴史を通じて見ることができます。北東アジアで60年間平和が維持できたのは米国の軍事力があったからです。しかし、今、その軍事力がこの地域から後退し始めました。他の何かがその代わりに入らなければなりません。もし私たちが私たちの自由と国を守るべき責任を負わなければ、誰が私たちの為にそれを代身してくれるというのですか。そこに問題があるというのです。誰もしてくれません。もし誰も私たちを保護し守ってくれなければ、恐らく私たちは中国に吸収されるかも知れません。私の願いは韓国が独立国家として残ることです」『統一世界』2012.5,Vol.492,47-56頁.「特集:強い大韓民国汎国民運動本部発足大会主題講演、文國進共同議長」